宴の夜とズルい性格
〜 迸る野心と可能性 〜
Montrachet、Meursault、Puligny Montrachet…その夜、会場には極上の白ワインが並んでいた。
造り手も錚々たる生産者、名前は明かさないが誰もが聞いたことのある素晴らしい生産者だけが集まった。
これは定期的に開かれている経営者たちの持ち込みワイン会でのお話だ。
この会は毎回決まったルールがあるらしく、今回は全員白ワインを持ち込んでいた。
ワイン会の2週間くらい前から参加者からそれぞれのワインが届き、古いワインは立てて保管。
会当日の数時間前に事前の抜栓と状態確認をお願いされていたのでその日の幹事と早めに打ち合わせ。
「なんだかすごい会ですね」なんて私がいうと「みんなモノ好きだよね〜」なんて笑いながら幹事が言うのだが、持ってきているワインはとんでもないものばかり。
現在の価値で…数百…野暮だから言わないでおこう。笑
現役の私ですら驚くようなワインを持ち込んでのワイン会。お店のワインを飲むわけではないのでブショネがあっても仕方ないよね。で片付く話じゃないくらいのワインが鎮座している。
言葉は悪いが成金で高いワインを適当に飲む人たちの集まりじゃない。昔からワインを飲んでいて、その本当の価値がわかる人たちのワイン会だから、こちらとしても緊張は隠しきれない。
だって、「もちろんあなたも飲んで感想言うんだよ」なんてありがた迷惑なことを言うもんだから。笑
宴の始まりの時間になり、じゃあ乾杯しましょうか。から、ただの宴ではなかった。
まずは熟成したJacques SelosseのSubstanceからスタート。正直いって意味がわからない。笑
今でさえ現行で買えることなんて限られているのだが、いくら当時まだ買えたからと言って買えるわけがない。
しかも結構な熟成を兼ねている。どういうルートで持ってきたのか聞きたかった。聞かなかったけど。
「いきなりセロスかぁ、これはいいねぇ」なんて皆口を揃えていう。「はい、あなたも飲みなね」と言われご相伴に預からせていただいたが、こちらは次のワインの温度管理やらでそれどころではない。
そんな忙しさの中でも一口飲んでこのワインの凄さはわかる。もしわがままを言うのであれば座ってゆっくり飲みたかったと言うことだけだ。笑
そして食事が進むにつれ、白が次々と抜かれていく。
モンラッシェ。ムルソーのヴィンテージ違い。ピュリニィ・モンラッシェ。
文字だけ並べるとチープに見えるかもしれないが、素晴らしい生産者のワインが横並びで卓を埋めていく。
それぞれが、単独で主役を張れるワインだ。一本一本に、開けるだけの理由と価値がある。
白の帝国、と言いたくなるような卓だった。
その中で、一人がふと言った。
「白ばかりじゃ飽きちゃうから、赤が一本飲みたいな。任せるよ。ブラインドで出して」と。
…ばかやろう。笑
このラインナップの途中で何を出せって言うんだ。中途半端なワインじゃ太刀打ちできないし、かといって凌駕するワインは出しちゃいけないし。とても困った。
しかも来ているメンツは相当な飲み手。変なことをしたら笑えないことになる。
「任せるよ。」と言われた一瞬で卓を読まなくてはいけない。
この卓の格に、真正面から並び立てる赤ワイン。
セラーに向かう中で私は一つの答えを出した。
「当たり年ではないブルゴーニュにしよう」と
セラーの中で、この答えは一つしかなかった。
Domaine de la Romanée-Conti Romanée-Saint-Vivant。
ヴィンテージは秘密。
あえてヴィンテージは隠したいと思うので、ぜひ予測してほしい。
選んだヴィンテージは決して秀逸とは言えないヴィンテージだ。
ブルゴーニュにとって、難しい年だったとされている。多分ワインが好きな方が聞いたら「あぁ、確かにね」となるくらいの年だ。
評価の数字だけを見れば、地味な年だ。でも、私はこの年のこのワインを、あえて選んだ。
まずは、ブラインドで出さなければいけない。
ラベルを隠して出すということは、権威をすべて剥がして中身だけで勝負させるということだ。
DRCという世界で最も強いラベルをあえて隠す。
とんでもないワインをすでに楽しんでいる人たちに対して。
これは、ある種の賭けでもある。まだコルクの刺さったこの世界最高峰のワインの中身がお客様の期待に届かなければ、ラベルを明かした瞬間の失望は、かえって大きくなる。
でも、私はこのワインを信じていた。
「良くないとされる年でも、色気と品格を保つ」
このDRCというワインの世界が選んだ最高峰の造り手を。
皆さんに出す前にまずはテイスティング。グラスに注ぐと、長い時間を経てもなお、ルビー色の輝きがある。
その液体からは枯れたバラと熟れたブラックベリーの香りが立ち上がる。
そこに、長い熟成だけがもたらす層が重なる。
甘草。ヒマラヤ杉。革。マッシュルーム。他にもスパイスの香りもあれば、獣臭さも感じる。
口に含むと、アタックは激しくない。丸くて柔らかい。口内に広がる酸は少しだけ尖っている気がする。
これはセラーから出したばかりだから、まだ温度が少し低いのだろう。
しかしそれでも飲み込んだ後の9秒を超える余韻が、口の中を支配し続ける。
グッと来るのではなく、ジュワッと広がりつつ口内の…いや、その奥にある神経にまで届くように染み渡ってくる。
味わいの派手さで押すのではなく、消えないことで、格を示す。
「良くないとされる年」だからこその、この色気と品格。
これはもう、畑と造り手の話だ。
ヴォーヌ・ロマネという選ばれた聖地の村と、ロマネ・サン・ヴィヴァンという畑の個性、そしてDRC社の醸造技術が、難しい年をねじ伏せている。
いや、ねじ伏せるのではなく、上手に手綱を持って動かしているのだ。
卓の面々が、ブラインドのまま、口々に言った。
「これは…90年代後半のボルドー?」「いや、ブルゴーニュだよ」「この柔らかさはマルゴーじゃないか?しかも古い」
当然フランス以外の国を出すわけではないので、フランスワインのエリアやヴィンテージなどを皆口々にいうのだが
「DRCではないな」とその答えは皆さん一致していた。
へっへっへっへ。やってやったぜ。笑
と、したり顔をしていたのですが、やはりそれなりにワインを飲んできた方達でもブラインドテイスティングは難しいのだなぁと感じた一幕でした。
各々がワインを予想し、いざ——ワインの正体を、明かした。
その瞬間、卓が沸いた。
「おいおいマジかよー!」「やられたぜ」「絶対違うと思ったのに」と大盛り上がり。
皆さんごめんなさいね、私性格悪くて。笑
ニヤニヤしながらその様子を眺めていたのだが、反応が二つに分かれたのもまた面白かった。
一つは、ラベルを知らずに「旨い」と感じた…液体そのものへの、純粋な評価。
とても円熟して素晴らしい状態である。と。
もう一つは、DRCと分かった瞬間の、権威というか裏切られた失念というか…やられたーという歓声。
皆さん「DRCではないな」と口を揃えて言っていたので、私はもう嬉しくて嬉しくて仕方がなかったのだ。笑
兎にも角にも皆さんを騙すことができた私は一人ガッツポーズをしながらテイスティンググラスに注がれたこの美しくズルい液体を飲んでいた。
しかしとても大事なのは騙したことではなく、順番だった。
ワイン名を出す前に先に中身で唸って、後からラベルで沸いた。
もしラベルを先に見せていたら、
それは「DRCだから旨い」になっていた。
ブラインドだったからこのワインは、自分の力で、この卓を沸かせた。
なぜ、良くないヴィンテージだったのか。秀逸なヴィンテージも当然あった。
もっと分かりやすく「良い年」の一本を選べば、ブラインドでも安全に沸かせただろう。
でも、私にとって、選んだ年は少し特別な年だった。
後に参加者の一人に
「どうしてあのヴィンテージを選んだの?」と聞かれ、理由を答えると
「君はずるいやつだなぁ。やられたよ。でもそんなところが君のすごいところだよね」と呆れつつも楽しんでもらえた様子だった。笑
とはいえ、本音は先ほど書いた
このラインナップの途中で何を出せって言うんだ。中途半端なワインじゃ太刀打ちできないし、かといって凌駕するワインは出しちゃいけないし。
これに尽きるのだ。それがたまたま私にとって特別なヴィンテージだっただけで、決して狙ったわけではない。狙ったけど。笑
だから、この卓の記憶を塗り替える一本に、あえてこの難しい年のDRCを選びたかった。
評価されない年が、それでも品格を失わずに、長い時間生き延びて、白の帝国のド真ん中で沸かせる。
このワインは「迸る野心と可能性」だ。
数字に恵まれなかった年が、時間をかけて、自分の価値を証明していく。
その姿に、私は、何かを重ねていたのかもしれない。
それは、まだもがき続けている自分へのエールなのか、良くない年でも成熟するという反骨心なのかどうかは本当のところは明かさないでおこう。
……ま、その年が飲みたかっただけなんだけどね。笑
では、また。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
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